藤平光一が受け継いだ中村天風の思想「心身統一/和の武道」を探求

「心身統一合気道」の創始者として知られる藤平光一氏。

彼の合気道は単なる武術の枠組みを超え、「気」の探求と活用を重視し、心身の調和を目指す独自のスタイルとして世界中で実践されています。

その藤平光一氏の思想と人生に多大な影響を与えた人物が、明治・大正・昭和を生きた思想家、中村天風氏です。

今回は中村天風氏と藤平光一氏の師弟関係、そして両者が共有した「心身統一」の思想について、その出会いや具体的なエピソードを交えながら深掘りしていきます。

武道家としてだけでなく、人間形成の道としても合気道を捉えていた藤平氏にとって、中村天風氏の教えは、まさに人生の羅針盤であり、心身統一合気道誕生の礎となったと言えるでしょう。

中村天風と藤平光一の出会い

病をきっかけに天風哲学へ傾倒

藤平光一氏は、9歳で柔道を始め、15歳で黒帯を取得するほどの才能を発揮しましたが、16歳の時に柔道の稽古中に肋膜炎を患い、柔道を断念せざるを得なくなりました。

その後、合気道に転向し、開祖・植芝盛平氏に師事しますが、自身の健康問題を根本的に解決したいという思いから、中村天風氏の「心身統一法」に傾倒していきます。

藤平氏は天風氏の著書『盛大な人生』を読み、感銘を受けました。

天風氏が説く、心の持ち方によって人生が大きく変わるという考え方に共感し、講演会にも積極的に参加するようになります。

天風哲学との出会い、そして師事

藤平氏は天風氏の教えを直接受けるため、手紙を書き、面会を申し込みました。

その結果、念願であった天風氏との対面が実現することになります。

天風氏は藤平氏の熱意と誠実さに強く心を打たれ、彼を弟子として受け入れることを決意。

藤平氏は、天風氏の自宅での合宿に参加するなど、直接的な指導を受けられるようになりました。

天風氏の指導は厳しく、時には叱責されることもありましたが、藤平氏はそれを真摯に受け止め自己改革に努めました。

天風哲学が藤平光一にもたらしたもの

「心身統一」の思想の深化

中村天風氏の提唱する「心身統一法」は、心と身体を調和させることで、健康で幸福な人生を送ることを目指すものです。

この思想は、藤平氏の合気道観に大きな影響を与えました。

藤平氏は、天風氏から学んだ「心身統一」の概念を、合気道の技術と融合させ、「心身統一合気道」を創始しました。

心身統一合気道では、呼吸法や瞑想などを通じて心身のバランスを整え、潜在能力を引き出すことを重視しています。

例えば、「正心調息法」と呼ばれる呼吸法は、心身をリラックスさせ、集中力を高める効果があるとされ、合気道の稽古に取り入れられています。

積極的な生き方への転換

中村天風氏は、常に積極的な生き方を説きました。

「病は気から」という言葉があるように、心の持ち方次第で人生は大きく変わるという考え方です。

藤平氏は天風氏の教えを通じて、自身の病弱な体質を克服し、積極的で力強い人生を歩むことができるようになりました。

この経験は、藤平氏が合気道を指導する際にも活かされ、多くの弟子たちに勇気と希望を与えました。

例えば、藤平氏は弟子たちに「常に明るく、積極的に物事に取り組むこと」を教え、困難な状況にも立ち向かう力を養うことを重視しました。

合気道の精神性への影響

中村天風氏の教えは、藤平氏の合気道の精神性にも大きな影響を与えました。

天風氏は、自己肯定感や感謝の気持ちの重要性を説き、常に前向きな心で生きることを推奨しました。

藤平氏は、この教えを合気道の精神性と結びつけ、「和の武道」としての合気道を確立しました。

心身統一合気道では、相手を敵対視するのではなく、尊敬と感謝の念を持って接することを大切にしています。

これは、天風氏の「人間愛」の思想が根底にあると言えるでしょう。

まとめ

今回は、中村天風氏と藤平光一氏の師弟関係、そして天風哲学が藤平氏の合気道に与えた影響について、具体的なエピソードを交えながら解説しました。

藤平氏は天風氏の教えを通じて、心身統一の重要性、積極的な生き方、そして合気道の精神性を深く理解し、独自の合気道を確立しました。

中村天風氏と藤平光一氏、二人の偉大な人物の出会いは、合気道だけでなく、現代社会にも通じる「心身統一」の思想を私たちに伝えてくれます。

彼らの教えは、心身の健康を保ち、より良い人生を送るためのヒントになるのではないでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました